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「僕」  2009年  春  4月

それから何軒かの住宅展示場に見学に行ったらしいが、僕の事が頭から離れず、あしげに2人は僕の所へ通った。
でもそこの工務店さんは土地は売っておらず、自分達で見つけないといけないらしい。
お父さんはオーディオが趣味で今は実家に置いてあるオーディオ類を新居に持ってこようと思っていた。
お父さんはお父さんの叔父さんの影響で音や機械に興味を持ち20代の頃からオーディオ類を集めていた。
このオーディオ類に間してはまた別の機会にお話しするとして・・・
とにかく、大音響を出しても近所に迷惑にならない広い土地を探していた。
色々と土地を探していた所、条件にぴったりの土地が見つかった。
そこは高台の角地にあり景色も素晴らしい所だった。
隣にはラベンダー色の綺麗なお姉さんの家が建っていた。
僕はちょっぴりドキドキした。

でも家を建てるのはちゃんと地盤調査をしなくてはいけない。
営業員さんは「当社では自社で地盤調査課というのをもっており、きちんと安全な土地かどうか調査します」と言っていた。
お父さんは「そうか、いくら建物がりっぱでも土地が悪いんでは話にならないよね。」言って地盤調査をしてもらう事になった。
地盤調査にはお父さんとお母さんも立ち会うそうだ。
連絡が来たのでその場所に行ってみると、もう地盤調査は終わっており、営業員さんと一緒に写真を撮らされた。
その日の営業員さんはスーツ姿ではなく作業着だった。
お父さんは営業員さんが地盤調査をするのかと思ったらしい。
お母さんはなんかあっけないな~と思ったらしい。

その後何度も検討を重ねた結果契約する事にしたという。
いざ、契約書にサインしようとした時、家を建てる番地が隣のラベンダー色のお姉さんの家の番地になっていたのでお父さんが指摘した所、後日訂正するので今サインしてほしいと言われた。
お父さんとお母さんはその時はまだ営業員さんをすっかり信用していたので、「まあ、人間だから間違いもあるよね、営業員さんも大変だろうし、後日訂正するって言っているしね。」という事でお父さんは契約書にサインをしてしまった。

これが僕の誕生の始まりでもあり後に壊れていく始まりでもあった。

「僕」   2009年  春

僕が意識として生まれたのは何時だったろう。
ずーと前から僕はお父さんとお母さんの頭の中、心の中で漂っていてそれは意識というほどでもなく
ただぼんやりと形にもなってなくてゆらゆらとしてたのではないだろうか。

その頃お父さんとお母さんは結婚してまもなくアパートに住んでいた。
たぶんあれは3月のお彼岸の日で天気も悪く炬燵に入っていてテレビを見ていたらしい。
突然お父さんが「住宅展示場を観に行かない?」とお母さんを誘った。
お母さんは「え~!?こんな雨で天気が悪いのにー」って思ったらしいけど少し興味があったので
行ってみようかと思ったらしい。

住宅展示場はそれはそれは素敵な家々が立ち並び夢のような所だったのよって、あとでお母さんは
僕に教えてくれた。
何軒か見学しているうちにある一軒の家の前で足が止まり、入ってみようかと思いその家に2人で入っていった。

そこで僕に出逢った。僕?正式には僕ではない。
僕の元?  僕の基本形?  よくわからないけれども・・・・・・
とにかく僕にお父さんとお母さんは一目惚れしてしまったらしい。
なんせお父さんはオーディオが趣味で、そのお家にはシアタールームがありおおきなテレビボードもあって
お父さんは釘づけになっていた。
お母さんはキッチンから離れずあちこち扉を開けたり閉めたりのぞいたり忙しそうだった。
そして営業員さんの話を聞く頃にはお父さんは目が輝き、お母さんの目はハート型になっていた。
営業員さんの話にも2人は「ほー」とか「へぇー」とか感心して話を聞いていた。
またこの家の特徴はお母さんの大嫌いな地震にも強く、なんと阪神淡路大震災で一件も全半壊がなかったと聞かされ、改めて「へぇ~」と感心したらしい。
そして帰る時には両手いっぱいのパンフレットを持って顔を紅潮させていた。

 

「僕」   2013  7月

今夜も暗くて長い夜がやってきた。
近所のお家では夕飯を用意している音や夕食の良い匂いが立ち込めている。
子供達は夏休みに入ったらしく、にぎやかに家路に帰る笑い声が聞こえる。
だいぶ日が落ちるのも遅くなってきた。
西の空に夕日が沈む。
僕は山々に静かにゆっくり沈む夕日を見るのがお気に入りで大好きだった。
ポツリ ポツリと家々の明かりが灯り始めた。
そろそろ、みんなが帰ってきて一家団欒の時間が始まるのかな。

僕の家には誰も帰ってきてはくれない。
家の中も真っ暗  玄関の明かりもない。
時折、何かしら物音がするので、お父さんとお母さんがやっと帰ってきてくれたと思い
嬉しさよりも「なんで今まで帰ってきてくれなかったの!?僕はずーと一人ぼっちで淋しかったんだよ。」って
泣いてそして甘えようと思って耳をすませるけれども空耳だったのか、玄関の鍵を開ける音は聞こえない。  また静けさと暗闇がもどった。

ここ一か月位お父さんもお母さんも僕に会いに来てくれない。
7月に入って7日に聞き覚えのあるエンジンの音がしたので見てみるとお父さんとお母さんが車で来てくれた。久しぶりに会えるのでワクワクして待ってたのだけれども、車から降りてこないでじーと僕を見つめて行ってしまった。
なぜだろう?  なんで家の中に入ってきてくれなかったんだろう?
ただお母さんの目には涙がいっぱいあって今にもあふれそうだった。
とても悲しそうな顔だった。
どうしたのだろう?

僕はわかっている。  わかっているよ。 もう二度と誰も帰ってきてくれない事。
だって僕は壊れてしまったから・・・
あの日・・・・・・
2011年3月11日 午後2時46分
あの日を境にして僕達 家族の生活は一変してしまった。
僕はまだ1歳の誕生日を迎えたばかりだった。
あの日とは東日本大震災がおきた日だった。